ゴミの生活(四代目)

最近はアマプラをdigってます

サスペンスも流れた ――藤谷治『遠い響き』(講談社文庫)

遠い響き

遠い響き


小説家の男が、嵐の夜に多摩川の河川敷で一人の男と遭遇する。男の尋常ならざる様子に飲み込まれ、とりあえず家に連れて帰り、妻と二人その男の話を聞く。男は、長い長い身の上話を始めるのだった…。


川で拾った男の話だけあって、男はこっち側とあっち側の境界線をふらふらと歩いてきたように感じられる。専門学校を出て、同人マンガショップに就職。彼がいうところの「極悪同人誌」を売って店自体は店舗を大きくし、数も増やす。男は、最初は通信販売を、やがてウェブでの注文を取り仕切るように。時流もあってか会社は右肩上がりの成長を遂げるのだが、職場の空気は入社以来変化なく、端的に言えば「ブラック」。男はやがて地方の店長を任され、初めて実家を出ることに。彼の実家にもまた問題があったのだが、それもまったくの放置。


男はなぜ豪雨の中、多摩川にいたのか? 彼の人生と一瞬だけ交錯する地下アイドルカヴァリエ睦月が、ホームレスになり多摩川べりにいる、という情報をつかんだからだ。彼はどうしても彼女のことが気になり、東京で開かれる支店長会議に参加した帰りに、彼女を探しにいったのであった。


改めて、あらすじを見直してみても、なんとも言いにくい難しさがある。まとめにくい、というか。一息に読めてしまう勢いはあるものの、個々の要素が散らかっている印象が強い。特に男と地下アイドルとの関係が、あまりにも弱い。強烈な冒頭、「なぜこの男は嵐の中の多摩川にいたのか?」への答えとして、男の身の上話に読者(と作中の小説家夫妻)は耳を傾けていくのだが、最後まで聞いたところで「?」である。この「?」が、面白い読みを誘発する構造になっていれば良いのだが、どうもそこまでは至っていない。「?」は「?」のまま。サスペンスがずるずると流されてしまった。